売り上げが5億ドルを超える会社のなかでこれをやっていないのはFLP、HL、NWくらいのもので、ほかはほとんどの会社が程度の差こそあれ、プランの手直しを行っています。
では、プラン変更をしたあとの業績が上向きになっているかというと、それはほとんど見られません。
良くて現状維持、ほとんどが退潮傾向を鈍化させるレベルにとどまっています。
かつて、外資系御三家と呼ばれた会社がありました。
AW、NS、HLの三社がそうですが、現在では三番手のHLに代わり、NWがその一角を占めるようになっています。
ここでは、彗星のようにあらわれて浜辺に築いた砂の城のように消えていったHLの盛衰を、インターネットの影響とからめあわせて検証してみたいと思います。
HLは1980年、アメリカのロスアンジェルスで産声をあげました。
17歳からネットワーク業界に身を投じたかれが考えたシンプルな技法と単純明快なマーケティングプラン、ダイエットに特化したわかりやすい商品構成とで一気に表舞台に踊り出ます。
17年度に200万ドルを売り上げ、17年のカナダ、オーストラリアへの進出を皮切りに17年現在、全世界17ヵ国に展開、全体での売り上げは2000億円に達しています。
日本での展開は、最初は商社を通じて試みられました。
1990年にO商会が国内における販売権利を買い取るかたちで「日本HL」を設立。
しかしこれはうまくいかず、17年の末に米国HLIの100%出資子会社としてHL・Jが設立されました。
ただし、その時点では国内における販売権をもつO商会が事業を継続していたので、HL・Jとして正式に活動を開始したのは、契約が切れた17年末のことです。
そして17年の4月に再スタートを切りました。
17年度の売り上げは17億円、翌年は対前年比440%の197億円。
その次の年も180%で367億円まで急成長しました。
17年には409億円まで伸び、一躍業界4位の座まで登りつめます。
これがいかにすさまじい伸びかたであったかは、同時期に展開したNSと比べてみるとよくわかります。
NSはHLより1年先にオープン、128億円の外資系企業初年度売り上げ記録をマークし、17年には851億円まで成長します。
これがアジアの奇跡と呼ばれ、多くの企業があとに続く呼び水となったわけですが、このことはまた別の項でお話しします。
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